okkaaa | 熱波
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数週間の間、僕は車を走らせ、この枯れ果てた世界を走り続けた。気がついた時には引き返す理由が生まれる容量を超えてしまっていたし、すでにもう説明不可能なレベルまで来てしまっている。スタートラインはとっくに溶け始め、熱波の侵食が始まっていた。特段シェルターに入っていれば飛び出す必要もないのだが(そもそも今思えば無謀な考えなのだが)僕はそれを難なくやってのけた。
枯れ果てた道、干上がった海のプレートに申し訳なさげに作られた非常用のアスファルトを走っている。車の運転は自分の命がこのハンドルを握る手に全て委ねられているという事実から、自分の人生を自分で握っているようなスリリングな感覚があって好きだ。ただこれは好みの問題ではあるが、一面干上がった広大な海のプレートを地平線と睨めっこしながら走るのではその感覚は味わえない。常時150km以上は出しているのだが(そもそも速度制限などという概念がない)一向に地平線は姿を変えず、そのままの状態を保っている。対向車線は秘境の森の奥にでも入ったかのような神秘さすら感じられるほど人はおらず、物寂しい雰囲気だ。僕は少し寂しさを紛らわすためにチューニングを始めた。ドライブに音楽がないのは水槽に水の入っていない水族館のようなものだ。車内に取り付けられた丸型のレバーをくるくる回しながら調整を進める。チャンネルから声が聞こえるのは本当に稀だ。自分の声量db.を購入するようになってからは好んで自分から声をあげることはしなくなってしまった。ただ偶発的な出来事によってこのdb.は使われることになる。それは、まるで晴れ時々曇りと知らされる天気予報のように。
ラジオから流れてくるものは全て音楽だった。気付いたらここ数年は歌うことをしていないと気付いた。今チャンネルにあげているのはパラレルデータを使った打ち込みの歌。僕は過去の「歌う」という行為に一種の憧れを抱いている。自由自在にメロディーを奏でる。それはどんな感覚だろうか。想像してみる。目の奥にいくつも重ねられてきた僕の歌の記憶の断片が滲みあって奇妙な印象を作り上げている。音声の印象は、実在する音のみならず誰かの聞いた声、どこかで聞いたノイズ、昔の光景にあった微かな振動、そんな過去の眼差しから生まれてくる。波の単調な旋律、踊るように配置された音符の楽譜、これらすべてのものは僕の中にはわずかな断片でしか存在しない。もしくは、僕がそれらのものに依存して思考している。それでも僕は音楽を想像する。それは音楽的に、絵画的に、理屈抜きに、三段論法も、演繹法も無しに。しかし、その奥深く、声の断片のさまざまな印象が重なるその瞼の下にはなんとも形容し難い滲んだ断片しかないのだ。
僕にあるのは、孤独、沈黙、それでいて太陽の類ない光線。光線は地平線上にぶるぶる震わせながら、その内実の孤独の生活をかたどっている。
僕の声にまつわる一番古い記憶は、祖父からノンパラレル声質をもらった時だ。市場にある声質データは手が届かないほど高価となっていて、世界における3%の富裕層のみが手に入れることができる幻の存在だ。とはいえ裏市場で粗悪な声質データが出回っているという話もあるが、僕はそこの込み入った話はあまり知らない。「ごめんね、いい声を与えられなくて」と祖父が私に喋り続けていたのは覚えている。当時の僕は何がそんなに悲しいことなのかわからなかったし、声も出なかったので理解できていたことは一つもない。ただ必死に祖父の涙を拭おうとしていたのは覚えている。
今もなお、この子供の頃の記憶は脳内の奥深くで柔らかな印象の中に包まれていた。音の鳴らないオルガンと海辺。そこから印象の糸は紡がれ始める。毎年両親は時間をかけて、僕を海へ連れ出した。もう綺麗な海は見られなくなるかもしれないと行ってドライブへ連れて行った。海といっても、海面上昇の影響で海辺は別世界への入り口のような印象をすでに持っていた。水に浸った何本もの電柱が遠くまで続いている光景は、失われた場所を前にした時の喪失感と少し似ている。僕はその電柱の行く末を目でなぞる癖がついていた。僕はその癖がついてから以来、海辺を訪れるたびに、何かを探し求める透過した過去への眼差しを向け続けている。
陸と海の境界線がない世界で僕は目で海の電柱をなぞる。一定間隔に並んだ電柱からリズムを感じる。荒れ果てた海のゴミの波が鳴り響く中、僕は絵画的にその海を見つめリズムを取ることで自分だけの印象を作り上げていた。
僕はそんな過去の音楽の記憶を思い浮かべながらただ車を走らせていた。そんな意識のなかで、視線をさらに遠くに向けるとdb.補給場の方向からこちらに向かってきている人影に気づく。女性のようだ。その人はこちらに向かって手を振っている。僕はその人のそばまで行き車を止めた。
「エデンの方まで行くんでしょ?乗せて行ってよ。」と窓越しでその人は叫ぶ。
久々に人と話すせいで、ぼくは声に詰まり適切な返事ができなかった。「あ」と掠れた声で生返事をしただけだ。僕はその時一年以上db.を購入していないことにここでようやく気づいた。
「とりあえず、助手席失礼!」慌ただしく返事も待つ前にこの人は乗ってきた。僕はひとまず車を出すことにした。そのまま車内にはラジオの音楽だけが流れていた。僕は眠りに入っている時期じゃないのか?なぜ起きているのか?とその人に聞いた。
「ボックスに入りそびれちゃった人って結構いるのよ。私は久々だけど、やっぱりこの環境はなれないよね。」とその人はいう。僕はなれない会話にただ頷くだけだった。
「あなたもきっとそうじゃないの?」とその人はいう。」
僕は小さく頷く。そして彼女は矢継ぎ早に自分の名前が真野であるということも告げた。先行きの僕のdb.の問題を心配しながらも自分の口から、生い立ちや過去の話をしてくれた。僕はその話に水彩画絵の具を載せるようにゆっくりなぞりながら自分の記憶を重ねていく。自分の話もしたいが、db.は残りわずかだった。この熱波がおさまるまで交換所は開いていないし、それにいつこの熱波が収束するのかも…
ラジオからピアノが流れ始めた。クラシックピアノだ。ピアノを聴くのは何年振りだろうか?車内を豊かな旋律と印象で包み込むようだった。曲調が変わるタイミングでキャスターの曲紹介が入った。キャスターは特に力を入れず、それでいて誠実に、真摯に声を真っ直ぐと出していた。ナレーションが入ることは珍しいことだった…「お送りする曲はショパン/ピアノ・ソナタ第2番、変ロ短調「葬送」第3楽章。」
僕は曲名を思わず呟いた。荘厳に鳴り響くピアノのダイナミックな旋律の中で僕のこの声だけが空虚に鳴り響いた。
「燃えるエデンの方向に行く人、初めて見たよ。」
僕は物倦じ行く先の方向を見つめていた。もう引き返すことはできない。スタートラインはとっくに溶け始めているのだから。僕は燃えるエデンのように超自然的な歓喜を夢みながら、悲しんでアクセルを踏んだ。